大人になってから,友達をつくること

www.nytimes.com/2012/07/15/fashion/the-challenge-of-making-friends-as-an-adult.html

少し前のNew York Times の記事が興味深かったので,備忘録として.(なんて言いつつ,ドラフトを放置してたら,もう3ヶ月も前の記事になってしまいました.)自分の経験とうっすら重ね合わさることもあって,面白い記事でした.記事の趣旨は「30代以降,何故友達ができ辛くなるのか」というものです.

私は30代の経験は短いですが,20代,特に大学から大学院に進学したときに,日本人との距離感が大きく変わった気がしました.大学を卒業した22歳の時に,アメリカの田舎街から,ボストンという日本の社会人がたくさん留学してくる都市に引っ越して,出会う日本人の年齢層が急に上がったのが理由の1つではないかと思っています.アメリカ人や他の国からの留学生については,大学院の同級生や同僚などは年齢も興味分野も近く,あまり壁は感じませんでした.一方で日本人の場合は,なまじ母国語が通じるが故に,少し相手と近くなれそうな気になるのですが,結局「大人の壁」に跳ね返される感じがあったのを覚えています.

NYTの記事は,そんな自分の感じた「大人の壁」ってなんだったんだろう,と振り返るきっかけになりました.明示的な定義をするには自分の言葉が及びませんが,当時「子ども」が見た「大人の壁」は,下記のようなことを含んでいるのだと思います.

大人は建前を言う

大学院に入りたて,22歳当時の私は,自分で言うのも気恥ずかしいのですが,あまりスレていなかったのだと思います.世の中に建前のようなものが存在することをあまり理解できていなかった,とも言えます.アメリカの大きな大学には「日本人会」なるものがありますが,30歳前後の日本人の方に出会って,名刺を交換して連絡しても返事がない.「今度食事でもできたら良いですね,研究について教えてください」と言われて,連絡しても返事がない.そんな大人なら当然かもしれない予定調和的な本音と建前のやり取りに,初々しく「この人は連絡しても返事もくれない不誠実な相手だ」と憤っていたように思います.視野を広げるため留学した30歳のビジネスマンが,毎日教科書ばかり読んで少しオタクっぽい22歳の大学院生とやりとりをして,もの足りなく感じるのは,卑屈になるわけでも皮肉でもなく,今ならば理解できる気がします.もちろん両者に優劣はありません.建前を言うのは日本的な気遣いの表れでもあるでしょうし,事後的に見れば状況を消化することはできるのですが,当時は少し落胆して,嘘つきの大人と友達になれないと思ったこともありました.まるで尾崎豊が綴る歌詞の一節です.

大人は損得勘定をして,付き合う相手を選ぶ

1点目とも関連しますが,やはり大人は付き合う相手を選んでいる気がしました.コストベネフィットの判断,損得勘定と言ってしまうと少し冷たい気がしますが,留学という特殊な状況で出会った場合,時間も限られているでしょうし,各々が達成したいこともある,そんな中で「自分に取って明確にプラスになる相手」に選択的に時間を割くのは驚くことではありません.学部時代にも「留学中は日本人と話さない,何故なら英語を勉強したいから」という人もいましたし,相手を選ぶこと自体は,程度問題ではありますが,後ろ指をさされることでもないかと思います.

ただ「年少」vs.「年長」とか「学生」vs.「社会人」の構図で考えると,年少者は与えられるものも少ないですし,年長者が相手との関係を決める主導権を握る場合が多いと思います.年少者の立場に立っていたときに,上手く人間関係を構築できなかったことに,寂しさや悔しさを感じたこともありました.相手にはもっと時間を使うべき家族がいたり,話したい相手がいたり,たまたま忙しい時期だったのかもしれません.今でこそ,相手を批判したり,むきになることすら筋違いと承知していますが,22,3歳の若造には相手の事情や優先順位を慮る心の余裕もなく,大人との壁を感じたのを記憶しています.これも,酸っぱい成長の一過程です.

大人のグループは閉じており,新しい友人を自ら求めない

大人になると,良くも悪くも,自分の社会的な役割が固定されてくるので,あまり自分の属するクラスタに関係ない人と話すのは,気が進まないのかな,と感じたことがありました.これは文字通りそのままで,現状維持をするのには,直近の現状の人間関係を大事にするのは当然ですし,無関係の人を新しくその輪に入れる必要を感じないのかもしれません.とりわけ自分の通っていた大学院では,理工系,法律,行政,ビジネスなど専門の分化がはっきりしてしており,クラスタ分けが明確だったのも,閉じた感じを強調していた理由だったのだと思います.自分のクラスタを離れて,個人で他のクラスタに入り込むのは難しく,少し壁があったように思います.

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なんて昔に感じたことを紐解きながら,「大人の壁」ってなんなんだろうな,と考えていたのですが,30歳を過ぎると,自分自身もこれらの「大人の壁」を少しずつ作り始めているような気もします.年齢が上がるに従って,新しく会って親しくなる人の数も度合いも減っているはずですし,できるだけ避けたいと思いつつも,自分が人間関係に損得を持ち込んでいないと言い切る自信はありません.何よりも,年を重ねると,自由になる時間が減ってくるのは避けられないでしょうか.余談ですが,以前面白いと思った言葉に,「異業種交流会に行くくらいなら,学生の頃の友人を大事にしろ.」というのがありました.(出典忘れました,Twitterとかだったと思いますが.)これには一定の理があるような気がしていて,大人になってからの親しい友人を作ることの難しさを考えれば腑に落ちると思います.自分の場合は幸運にも,ボストンで出会いこれからも続くだろう友人関係に恵まれました.一緒に本業以外のプロジェクトを立ち上げて,健全にぶつかり合えるような友人に恵まれたことは幸せなことだと思います.

個人的には,少し青臭いのですが,大人の壁は打ち壊せると思っています.振り返ると20代の中盤くらいで,日本人と仲良くなりたいと積極的に意識していたことがありました.自分のアメリカ生活が長くなって,日本の社会人スキルや社会人生活に対して取りこぼし感があったのを補いたかったとか,日本人的なコミュニケーションが上手にできると良いなあと思ったとか,ふわっとした目的はありました.ただそれらの理由を横においても,私は日本や日本人が好きですし,障壁なく色んな人で話したり飲んだりできたら楽しいな,と思ったのが主な理由です.具体的にした行動は,拙宅にあふれるくらいの人をお招きして,仲の良い友人と一緒に料理などを準備して,来客をおもてなしして,楽しく飲む,ということでした.そう言えば,当時ボストン理系男子料理サークルとかありましたね.笑

洒落たことを言ってみますと「おもてなし」とは裏表がないことですので,損得勘定があってはいけません.なので,お酒を飲んだり歓談したりする,刹那的な楽しさを目的としました.自分がその場を楽しみ,来客の方に楽しんでいただくことに全力を注ぎました.誰も聞いたことがないコールをかけつつ,自分よりも社会的立場の高い方にアルコールを飲ませた結果 1,距離が縮まることもあれば,距離を置かれることもありました.下馬評では勝ち目が無いと思われた,研究者が商社マンに飲み勝つ,日露戦争を髣髴とさせる大番狂わせにも立ち会いました.酔いが進んでイケメンに絡むという心の弱さを露呈して,人間らしさを評価された幸運な者にも会いました.(そして絡まれたイケメンたちは何とも気の毒でした.笑)春分,夏至,秋分,冬至に合わせて,3ヶ月に1度くらい会を開き,1年中何がしかやっていたような気がします.

先に「クラスタ」と言いましたが,私がいたのは理工系院生クラスタで,相対的に年齢層が低い集まりでした.社会人経験がなく,学生気分が抜けきらないどころか,学生気分を前面に押し出した面々です.明日を気にせず大学生のような飲み方をしたり,疲れを気にせず本気でスポーツをしたり,機会費用など気にせず文化祭活動のために時間をかけてしまう人たちです.ある一面での未熟さは否めないものの,ひいき目に見れば気のいい兄ちゃん(理工系なのでほとんどが男性)が集まったような感じだと思いました.社会人経験の後にボストンに留学していた日本人は,我々より少し年齢層が上で,職業柄ちゃんとした,スマートな方が多かったため,理工系院生クラスタの飲み会に引っ張り出しても良いのか迷うこともありました.予想通り顰蹙を買ったこともありましたが,他方で,大学生の時みたいで楽しかったよ,と言って何度も参加して下さる方も少なくありませんでした.そう,立派に見える大人も,子どもじみた息抜きは嫌いじゃなかったのです.留学中の日本人という密な繋がりも功を奏したのだと思いますが,年齢や立場を超えて,壁を乗り越えたと思えることも何度もありました.私自身としては,総じて,20代に自分のクラスタに留まらないようにした積み重ねが原体験となり,30代になった今もなお「大人の壁」は崩せるものだと信じています.(まあ,もうバカ飲みをするかはわかりませんが.年相応の方法で,仲良くなれると思います.)毎回のパーティーの翌朝,アパートに残っていたのは,数え切れないビールの空き瓶と,乾いた赤ワインの染みと,流れないトイレと,雑魚寝をしている数人のザコい人たち,そして「人は損得勘定なく友人関係を築ける」という,大人になる過程で一度崩れてしまった心の破片だったのです.

「大人の壁」に囲まれた孤島があります.雑魚の群れは場末の大海を彷徨い,いずれ成長という名の下に,どこかの孤島に打ち上げられるのでしょう.その昔,雑魚たちは,陸の上に見えた壁の中に華やかな世界を思い描いていました.時が経ち,孤島に打ち上げられ,身動きがとれなくなった今,壁の中に何が見えていますか.そして昔,雑魚仲間と泳いだ大きな海を懐かしく思い出しているのでしょうか.

Notes:

  1. 「ない」と「アル」が掛言葉になっています.ナイジェリアとアルジェリアの関係です.

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